
小さな耳に恋の風が吹いた
秋の風がやさしく吹き抜ける公園に、今日も白いもこもこのウサギが現れる。
「おはよう、もちお」
そう声をかけるのは、看護師の里奈。
夜勤明けの散歩が彼女の癒しの時間だった。
もちおは、ぴょんぴょんと足元を跳ねながらリードを揺らし、まるで世界中を探検しているかのよう。
その様子を遠くから見ていたのが、リモートワーカーの真司だった。
彼は毎朝、公園のベンチでパソコンを開き、缶コーヒー片手に「タスク」という名の戦場へ出陣する。
だがこの頃、仕事よりも気になる存在がいた。
それが、あのウサギと女性だ。
「うさんぽって、なんか響きが可愛いな」
真司はそう呟き、気づけば“ウサギ 散歩 服装”と検索していた。
まるで自分も参加する気満々だ。
数日後、真司は勇気を出して話しかける。
「その子、名前なんですか?」
「もちおです。パンみたいに白くてもちもちだから」
「もちお…良い名前ですね。うちのWi-Fiもよく飛ぶから、“ひかり”って名前つけようかな」
思わず笑う里奈。
「それ、通信恋愛の始まりってやつですか?」
「電波、届くかな?」
そう言って見せた笑顔に、秋の日差しが柔らかく降り注ぐ。
それからというもの、真司は毎朝もちおと里奈に会うのが日課になった。
もちおもすっかり懐き、彼の足元をくるくる回る。
「ほら、もちお、あなたのこと好きみたいですよ」
「いや、ウサギの目ってどこ見てるかわかんないですよ」
「でもウサギって、好きな人の匂い覚えるんですよ?」
「……それ、俺も覚えときます」
そんなある日、里奈がぽつりと呟いた。
「夜勤ばかりで、もちおと過ごせる時間が少なくて…」
「じゃあ、俺が“もちバイト”やりましょうか?」
「もちバイト?」
「もちおと留守番するバイト。報酬は笑顔とおやつでいいです」
その冗談がきっかけで、二人の距離はぐっと近づいた。
SNSには“#うさんぽ男子”のタグが生まれ、真司の写真がバズる。
コメント欄には「こんな人と結婚したい」「もちおになりたい」などの声が溢れた。
ところがある朝、もちおが逃げ出してしまう。
リードの金具が外れ、公園の奥の方へ走っていったのだ。
里奈は泣きながら呼び続ける。
「もちおー! どこー!?」
真司はスマホを取り出し、SNSに投稿した。
“#もちお捜索中 #公園南側 #ふわもこSOS”
拡散は瞬く間に広がり、近所の人々が集まり始めた。
やがて子どもが叫ぶ。
「いたー! 滑り台の下!」
もちおは土まみれで震えていた。
真司がそっと抱き上げると、もちおは彼の胸に顔をうずめる。
「お前、ほんとに人たらしだな…」
「ありがとう…」
涙ぐむ里奈。
「もちお、私より先に彼に懐くなんてずるい」
「いや、俺ももちおに懐かれたくて頑張りました」
「どんな頑張り方?」
「耳掃除の動画、3時間見ました」
その夜、三人(?)でお月見をした。
もちおは満月を見上げ、ぴょんと跳ねる。
「ほら、月に帰る練習してるのかも」
「ダメ。まだ地球にいてもらわないと」
「じゃあ、俺が月のかわりに毎日光ります」
「眩しいこと言いますね」
その後、二人は正式に付き合い始め、“#もちカップル”として話題になる。
動画投稿アプリには、もちおが二人の間でぴょんぴょん跳ねる映像。
コメント欄にはこう書かれていた。
「恋って、意外と耳が早いんだね。」


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