
孤独が笑いに変わる春
桜が咲き始める頃になると、日本人のDNAがざわめき出す。
「花見をしなければならない」という謎の使命感に駆られ、シートや弁当を用意する人々。
だが問題はいつも同じだ。
「花見は複数人でやるのが前提」みたいな空気。
会社員の遥は、それがずっと嫌だった。
「友達と予定合わせるのも大変だし、飲み会になったら花なんか見やしないし…。私はただ静かに桜を見たいだけなんだよ!」
そんなある日、SNSの広告に飛び込んできたアプリがあった。
『おひとり様花見リザーブシート』。
説明にはこうある。
《あなた専用の花見スポットをご用意します。他の“おひとり様”が隣に座るかもしれませんが、それは春のいたずらです》
遥は思わずダウンロードした。
「これだ!」
アプリで予約すると、桜並木の公園に一人分のシートが敷かれて待っているらしい。
料金はコンビニおにぎり2個分。
迷わず即決だ。
──そして花見当日。
公園の桜はまさに満開。
予約番号を入力すると、自分の名前が書かれた小さな札とシートが用意されていた。
「VIP待遇じゃん!」
遥は一人で盛り上がり、スーパーで買った唐揚げと缶チューハイを広げた。
ふと隣を見ると、そこにも同じように一人で座る青年がいた。
彼のシートにも札があり「Nozomu」と英語で書かれている。
目が合った瞬間、なぜか二人同時に缶チューハイを掲げてしまった。
「……かんぱい?」
「……かんぱいですね」
ぎこちなく乾杯。
気まずいはずなのに、どこかおかしい。
「一人用シートって最高じゃないですか?静かだし」
「いやほんと!団体客はわちゃわちゃしてて、もう花見じゃなくて宴会ですもんね」
二人はすぐに「おひとり様あるある」で盛り上がった。
周囲の団体客が「イェーイ!」と叫ぶたびに、二人は「おぉ…孤独に乾杯」と言って笑った。
さらにアプリの面白い機能に気づく。
「お弁当シャッフル」という謎のボタンがあり、押すと隣のシートとおかずを一品交換するルールだ。
「え、マジですか。僕、卵焼きしか持ってきてないんですけど」
「私は唐揚げ。じゃあ、交換…」
二人はお弁当を交換し、笑いながら食べた。
そこから話は加速し、好きなアニメやカラオケの十八番、仕事の愚痴まで飛び出した。
そして、桜吹雪が舞う瞬間──。
風に煽られた遥の唐揚げが転がり、青年の卵焼きの上にポトリと落ちた。
「唐揚げオン・ザ・卵焼き!」
「新しい料理誕生しましたね!」
二人は腹を抱えて笑った。
花見は孤独に始まり、駄洒落で終わる。
まさかアプリのおかげで、こんなに楽しい春になるなんて思ってもみなかった。
そこへさらに追い打ちをかけるように、公園アナウンスが流れる。
「ただいまより“ひとり花見川柳大会”を開催します。優勝者には来年のシート無料券!」
「川柳!?聞いてない!」
「よし、やりましょう!せっかくなら」
二人は慌てて短冊に書き始めた。
遥の一句:
「唐揚げと 卵焼きとの 春便り」
青年の一句:
「孤独でも 隣で笑えば 花盛り」
審査員のおばあちゃんがにっこりして、二人の短冊を高く掲げた。
結果は同点優勝。
賞品は「シート無料券・ペア利用可能」。
「……いやペアって。ひとり専用じゃなかったんですか?」
「春のいたずらですね」
二人はまた吹き出した。
遥は心の中で呟いた。
「ひとりぼっちが笑いに変わるなら、来年も“リザーブ”だな」
桜は相変わらず、黙って満開だった。
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